27.12.09

年の瀬川柳

2つ作りました。川柳の先生である父に見せたら、以下の方を誉めてくれました。実は、借金は(まだ)ありませんが、印象として。昔は、借金は年末に整理するものでした。工面に間に合わず、あきらめ果てているうちに、除夜の鐘が鳴ってしまった、という情景です。




借金も仲良く除夜の鐘を聞く





写真は、今年知り合ったハンガリー人のイメラからのGreeting。

26.12.09

Greeting Card 2010

年末になるとあちこちから、様々なGreeting Cardが、メールで届けられて来ます。それに、Thank you で返事するより、カードで書いた方がよいかと思い、きのう夜中にがんばってつくりました。なんだか、品よくできて、パフォーマンスの途中だとは、思わない人もいるかも。

けさ母が、父の入院している病院から帰って来て「ついに、あの人、しゃべらなくなった」と、肩を落としていました。それで、今日、午後に行ってみると、ぐうぐう寝ていて、看護士さんが「きのう遅くまで興奮してましてね、夜中ほとんど寝てないみたいでした」と。「でも、今、また寝ていると今晩も眠れなくなるので、起きていてもらってください」。きのう夕方わたしが行った時「もうやすらかに死なせて欲しいよ。......こんなこと、言うからって、悲しまないでね。」と言ってしまったからかもしれません。それで、思いついて、父の最大の趣味であった(仕事でもある)川柳の本を取りに帰り、持って行き、読んであげることにしました。なかなか面白い本で、戦後の復興から現代までの間の時事川柳を集めたもの。聞いている?と聞くと、うなづくけど、どうしても、目が開かない。手を握って「面白いときは、きゅって指を動かしてね」と言いました。そうしたら、時々、ちょっと動かす。何か聞くと「しっている」くらいは答える。昭和30年頃はやった歌「バナナボート」の話があったので、どんな歌だっけと聞くと、歌い出した。「デ〜オ〜デ〜〜オ〜」まあ、つまり、おっくうで動きたくない、という状態です。あしたも行って読もうと思います。小説なんかと違って、ひとつひとつが短いから、ずっと聞いていなくても大丈夫なのです。

ブログって、日記形式だけど、日記でない、ということに今日はじっくり気がついた。これらをプリントアウトするのも、ばかばかしいし、つまりは消えてしまうもの。つまりは、読んでいる少数の人にむけたエッセイのようなものだね。

時々、殴り書きのように、思いのたけを書いてしまうことあるけど、あまり良くないなと思いました。特に、わたしのブログは、若い人たちも読んでいて、書いていることをあまり理解できないまま、不安な気持ちになったりするかもしれない。気をつけて書こうと思うのであります。
.......でも、昨日の、燃えちゃってるツリーは、いいでしょう? キリスト教の人はあまりいないだろうから、道徳的な不快はないとおもうのよね。

24.12.09

have a hot Christmas

Enjoy hot Christmas

所有権

ちょっとだけ知り合いの人が企画したライブイベントに行った。少し遅れて行ったということもあって、席がない。友達は少し先に来ていて、やはり、もう場所がなくて、どうしようということになった。飲み物の注文だって15分くらいかかるし、食べ物などを注文したら、大変なことになりそうだった。知り合いのパフォーマンスをひとつだけ、見て帰ることにした。その知り合いのパフォーマンスは、なかなか生かしていたので、それで、けっこう、満足だね、と友達と言い、調布駅の前のホルモン屋で、食事をして帰った。できたら、予約制にして欲しかったなと思ったけど、おもいがけず、たくさん、来てしまったのだろう。恨みはないけど、途中から抜けた、後ろめたさはあります。ごめんね。でも、お腹すいていたし、騒音は、耐えられん。でも、ウイリアムさんのパフォーマンスをついに、見られてよかった。
今月中はもうひとつ(別の)行くかどうか、思案中。自分の人生が大変すぎて、抜け出せるか、あやしい。
ライブって、本当に、厚い層があるんだってわかったが、たぶん、日本ではパフォーマーって地位が低い。美術家とたいして変わらないと思うが、そうなる。どうしてなんだか。

今日の動画は、わたしの承諾なく勝手にiTuneなどの広告が付け加えられているのにも、かかわらず、わたしのアカウントには、「他人が所有権を持つコンテンツが含まれている可能性があります」と警告されている動画。なんか、図々しいと思う。googleさんとYoutubeさんよ。

23.12.09

さようなら0S9

ということで、OS9のアップルの君、ついに、呼吸が止まってしまいました。スーツケースを押し入れにしまうために、少し、動かしたら、その後から、息が絶えてしまいました。近頃、息絶え絶えでしたが。それで、プリンター君も、スキャナー君も、OS9対応なので、古墳に埋葬される埴輪のように、ともに、生きながら、役目を終えます。新しい王OSX様は、皇太子として、すでに実際の実務のほとんどは、執り行っていましたから、今後の国政に影響はありません。彼専用の配下として、プリンター+スキャナー君が、新たに入閣しました。


それととも、へやが模様替えされます。ホームページもしばらく、アップできません。あれも、OS9の君のお仕事でしたからね。HTMLをやっぱりやんなくてはならん。できるかな、できるかな。


本日の映像は、Sun Raにします。アフリカ系アメリカ人ジャズではなくて、アフリカ人ジャズ。最近知ったばかりだけど。

20.12.09

作品が他人の作品に混ざる時

こんなのあった、そういえば。ほんとに、ワルシャワ大学に忍び込んで、ロケした。ここではあまりわたしの作品はまざってない。一応、アクトレスとして、行った。


以下は、アクトレスとして、名前を出すのは、やめて欲しいと、パベルに言ったので、名前がないです、こっちでは。わたしの作品だもん。剽窃じゃん。コラボレーターとなら、名前をのせてもいいけど。



パベルのサイト。さなぎの家も映っているんだ。

こっちは、わたし。

19.12.09

誕生日だったので

なぜだか、今年は、Facebookがらみで、たくさんの「おめでとう!」メールが来た。Facebookの「奨励」によるものだと思うけど、楽しいもんだ。

昨日の午前中父が退院して、昨日の夜の11時すぎに、また、病院へ戻った。一旦、あきらめた(危険だから)手術をやはり受けることになる。「もうご自宅に帰れないことになるかもしれませんが、ご承知下さい。もちろん、ベストを尽します。」と先生は言い、私たちは書類にサインした。夜中12時過ぎに、わたしの誕生日だからと、母と安ワインをあける。ほとんど、わたしが飲んだかも。今日は、完全に爆死したまま過ごした一日だった。安いお酒は、本当に身体に悪い。

添付は、ポーランドのダリウスが送ってきた季節のごあいさつ。

18.12.09

ICCと世界銀行情報センター

今日は、ICCと世界銀行の情報センターというところへ行った。
なかなかイカした組み合わせ。

ICCでは、コープヒルメンブラウの展示とオープンスペースの一部に作品をみる。
コープは、建築の話。都市計画は、雲のようであり、建築は身体の神経系統ようなものだという理念にもとずく建築を作っているらしい。
ところで、展示作品がインタラクティブと言ったって、それほど、知覚に特別な経験があるわけではない。心臓音が、変換されて映像になって、バルーンに照らされたり、など。まあ、建築家の話だ。妄想も、常識の範囲。
それから、オープンスペースの『メトロノームと無響室のための作品』は、楽しかった。音を楽しんだ。エンターテイメントだね。何か、なぞがあるわけではない。『ミッションG』は、ちょっとあたしの頭には、むづかしい。だいたいの説明は、以前、四方さんが話しておられたので、まったくわからないというわけではないが、私の能力の限界。残念。
『続基礎情報学』という本を買った。読めるかな(笑)。

世界銀行情報センターは、富国生命ビルにある。なるほど面白い。でも、センターといっても、携帯売り場のショップみたいなかわいらしい場所なのは、意外だった。そこでは「アフリカの開発とアート」展でという小さな展示があり、今日は「現代アートを通して見る東アフリカ社会」よいう吉田栄一さんのトーク(レクチャー)を聞く。世界銀行という場所で、どういうスタンスなのかな、と思った。なかなか微妙で面白かった。興味深い視線を持った人だなと思った。アフリカのアーティストの多くは、外国人に売れるから、作品を描いている。人気があるのは、動物の絵、色鮮やかな絵、政治・社会問題を扱ったもの。でも、売れなくても、自分の描きたいと思うものを描こうという人も出てきている。アフリカにある画廊は、ほぼすべて、ヨーロッパ人の作ったものだそうだ。美術館でも売っている。ポストカルチュラル、と言ってしまえば、それまでだけど。

アートって、ウイルスだなと思う。文化とイコールではない、もちろん。なら、なくてもいいものなのかも、と思ったが、もう知ってしまった以上、その感染した身体で、生きて行くよりないし、それが、まあ、アートなんだな。ねじねじにねじれている。今日来ていた人の中には、それらを(売って)ひと稼ごうかしらという人もいたみたいだ。描く方の気持ちはあんまり考えてない感じ。そういう金脈があるんだったらって感じだ。開発には、セットとして、教育ってのもあって、それって、おしつけがましい(笑)わけなんだけど、良いことだと信じている人は、良い仕事をしていると思っているし、たぶん、そうなんだろうと思う。その辺をとやかく言うのが、わたしの仕事ではなくて、そのことによって、できたねじれで、どういうアートが作られるんだろう、ということに興味がある。つまり、自分も、そういう場所にいるので。指は指差せないから、目だけでも遠くへ。

17.12.09

デイブ・ブルーベックたち

こういうところでは、ただの人に見えてしまう。デニーロも、ブルース・プリングスティンもね。大統領のかざり。どことなく、しょうがなさそうにしているのは、照れなのかな。
ケネディ賞受賞。なんか、とっても、政治利用。そういうものですね。




.......そんなこと気にしている場合でもない。
台湾レポートをまだ書いている私。近いうちに、アップしますね。