27.2.12

しばらくお休み


たぶん、しばらく(といっても1ヶ月くらいかな、わかりません。)ブログを休みます。発信するより、自分の中に、ためられるものをためてみたいです。

画像は、10年以上前に描いた絵です。みんな手が赤くなってびびっているのに(目も緑)、一人でバナナを食べているおっとり者のチビ。バナナも空からの毒みたいな青に、半分、浸されているね。何かを示唆しているわけでなく、ただ、「空気」というものを書きたかったのかな。ほめられたことのない絵のシリーズだけど、自分は好きです。

ほめられて、使ってもらってお金をいただいたような絵は以下のようなもの。でも、これって、誰かの絵みたいじゃない?





23.2.12

シャトーパフォーマンスアートマルゴーの解散

シャトー・パフォーマンスアート・マルゴーというパフォーマンスのラボ企画がありました。2010年9月から2011年9月まで、活動しました。話し合った結果、解散することにしました。ご参加、そして、応援してくださった方々に感謝します。昨年9月の公演が最後になりました。会場であるシャトー2Fにはお世話になるばかりでした。本当にありがとうございました。


<ワークショップ形式の最後のミーティング>
今年2月12日(日)に、直方平さん、門倉さんと私の3人で、ワークショップ形式のミーティングしました。予め議題を出しておき、まず、それをペーパーに書き込む。そして、回して他の人の文を読む。質問があれば、マークしておく。そして、発表しあう。議題は以下。
  1. これからの世の中がどうなると思う?
  2. 芸術表現は、何が可能で、何が求められていると思う?
  3. あなたの展望は何ですか?表現をするとして、どんな人に見て欲しいですか?
  4. シャトマルのこれからで、やってみたいこと、やったらいいと思うこと。
なんだかんだと5時間くらい話していました。A4の紙に、皆、考えをぎっしり書き込みました。あれやこれやと、思いを出し合う。そして、最後には、一緒に勉強をしていこうということになりました。しかし、物理的に難しそうなので、3日後くらいにメールを交換しあい、結局「解散」を、決めました。とにかく、今は勉強をし直したいというのが、3人に共通した見解でした。別々でも。時々一緒でも。
以下は、私サイドから見た理由をまとめてみました。

<理由1 物理的状況>
少し遠くに引っ越すメンバーがいます。物理的に続けられないです。ミーティングにはすでに参加していませんが、表現そのものを休止したい、というメンバーもいました。

<理由2 自主企画の置かれた立場の変化>
私で言えば、長年、アーティストが自主企画することはある種の誇りでした。先輩アーティストにも、そのように言われていました。しかし、今のアートシーンでは、「アーティストが企画するもの」は、いわゆる自主制作映画のように、一人前になる前の段階という扱いになっているようです。あるいは、やりたい人たちが勝手にやっている内輪のもの。皆、理想を持って一旦始めるのですが、なかなか続けられないようです。
東京近辺は、アートシーンがすっかり管理されているという印象も強いです。あるいは、力を持った人たちのブラザーシップでパイをわけ合っている感じもします。観客は、お里の知れているものに出かけて行きます。場所、で選んでいる事も多い。ローカルな企画は、若い人には「いろいろ参加できるイベントの選択肢のひとつ」と言う感覚でしかないようです。かつては、戦って自分たちの場を作ろう、という気概が潔い、という考えもありました。でも、私はそれをやるタイプではないな、と思います。

<理由3 自分の作品をつくるために>
一番思うのは、私は、オーガナイズに頭と時間とお金を使うことで、作品をちゃんと作ってこなかった、という自分に対する、苛立があります。外国のイベントに呼ばれた時だけ、私は作品を作っている、という状況でした。
ようやく、太田エマさんのおかげで、2010年くらいから、国内でも、企画の中で作品を作る、という経験ができるようになりました。キュレーターの意図を聞き、私のやりたい/やれることを出し、キュレーターが喜んで受け入れて、責任を持って、送り出してくれる。このシステムが大事ですよね。
また、パフォーマンスアートという方法にも、いろいろな疑問があります。これは長い話なので、ここでは書きませんし、言うより、これからの私のすることで表現した方が良いでしょう。何もできないかもしれないですが(笑)。

<理由4 社会の変化>
もうひとつ。これは案外大きいです。日本の経済的低迷に追い打ちをかけて、昨年の大震災、原発爆発。この後、皆さんの回りには、どのような変化がありましたか?大して変わらないという人も案外多いかもしれません。しかし、確実に、人々の意識の変化があると感じます。
今、社会全体を見れば、アートなんて要らないだろうな、と思います。荒涼とする場所に立ち、さあ、私たちの「生」を、私たちの「社会」をどうする?という意識の時に、デザインは意味を持ちますが、アート的なものを求める人は少数派です。別の人はスポーツをしたり、歌を歌ったり、家族や友達と遊んだりするでしょう。こんな時、「わたしは」何をするのだろう、本当にやりたいことは? これがミーティングに集まった皆の考えだったと思います。そこで勉強し直したい、というのは共通見解でした。しばらくしたら、それぞれが何か新しい作品、活動を始めるでしょう。


15.2.12

報告:パブリックスペースはどこにある

少し日にちが経ちましたが、1月24日に、太田エマさんと、おこなったワークショップ「パブリックスペースはどこにある?」のご報告と、写真などをアップします。
会場である、amuというスペースは、「アートリテラシー入門」や「アートという戦場」などの興味深い本を編集出版している、フィルムアート社と同じ系列です。恵比寿駅から徒歩10分くらい、たぶん、とても新しいスペースです。今回、ここでイベントをするように企画してくださったのは、アート&ソサエティという、パブリックアートの研究センターです。なかなかのプレッシャーで、準備には結構緊張しました(笑)。おかげで勉強になりました。感謝です。

まず、ワークショップとしては、パブリックスペースという言葉の意味を定義しなくてはならないかもしれません。しかし、実際のところ、それは使っている人や団体、社会、地域によって、違って来ているのが現実のように思います。定義を論じるのは私たちではない、と考えました。ですから、むしろ感覚的に人々が感じていることを意識する/させることが「アート」によるワークショップの意味なのではないかと思いました


さて、段取りとしては、

まず、イギリス出身のエマさんが、パブリックスペースの起源や、イギリスの状況。
エマさんのプロジェクトであるディスロケイドのコンセプトとこれまでの作品のいくつかの紹介。
わたしがわたしの作品の中で、パブリックスペースで行なったものについての紹介。
ワークショップ1と2。

発表とリフレクション。


まずは、エマさんがイギリスのパブリックスペースのことを話しています。ハイドパークのスピーカーズコーナー。

さて、次は、私の1992〜2012年の間にパブリックスペースで行なった作品の紹介です。サイトスペシフィック性ということで、1991年にクリストが行なったアンブレラプロジェクトの説明の後で、この1992年の私の初めての作品「TOPAZ」(シンガポール)を紹介しました。
用意した全ての内容は以下の投稿にリンクがありますので、ご覧下さい。パブリックスペースについて考えるためのレクチャー資料でもあります。


以下は、その中からワークショップへ直接つながる説明です。

用意したPowerPointのページの中で、たぶん、今回一番大事なメッセージです。


これは、銀行ATMで昼寝をするアクション「Best Place to Sleep」の説明として用意しましたが、ワークショップへの提案となっていると思います。

昨年、バンクーバーで遭遇したデモ行進です。この時に、プラカードというものが、なかなか、便利なことに気がつきました。写真では、プラカード以外の方法もありますね。貼紙の「GentriFUCKation」ですが、元の単語は「Gentrification」で、高級化、つまり、高級住宅化反対ということになります。

その一月後(10月)に、世界規模で、Ocupy streetのデモが盛んになりました。インターネットの、特にFacebookを通したネットワーキングが話題になりました。しかし、現場ではやはり、プラカードです。




パブリックアートは、必ずしも、通行する人へのサービスでなくても良いと思います。パブリックをテーマとした作品というのも、それを考える上で意味がある。



<以下、ワークショップ>

ワークショップ1。
パブリックスペースとはどこか、パブリックスペースにはどんな人がいるか、という2つのシンプルな質問。

答えを、隣の席の人と相談していただきました。いい雰囲気です。

ワークショップ2
今度は3人組になっていただきました。そして、具体的な「パブリックスペースにいる人たち」の立場を選んで、その人たちのパブリックスペースに対する考え、主張、思いなどを想像し、それから、それを、プラカードで表現していただきます。皆さん、とても、楽しそう。お互い知らない人同志というチームが多かったと思います。


さて、発表です。7組ともなぜか、パブリックスペースでの「マイノリティ」な人々の立場を選んでくださっていて、正直びっくりしました。私の作品のプレゼンの印象が影響したのでしょうか? それとも、パブリックスペースを必要としているのにも関わらず、疎外傾向にある人が、マイノリティに多いという解釈なのでしょうか?とても、興味深いことでした。

「やくざ」チーム。「求ム!! 一般化! 裏のパブリックスペースを守っているのは俺たちだ」

「変質者」チーム。字がよく見えないですが、「キケン!つかまえてください」と書いてあります。

「視覚障害者」チーム。「1%弱者にもパブリックスペースを!! Come with Us!! あなたたちも、わたしたちも幸せになりましょう。」

「ティッシュ配りチーム」です。「ありがとうを下さい」

もっともやばいチーム「裸の人」。「裸になりたい!でも捕まりたくない!こっち見るな!」


「赤ちゃん」チーム。場所はショッピングセンター。「早く帰りたい」

「失業者」チーム。「次はお前だ!!」
皆さん、ありがとうございました。

最後のリクレクションの時間。参加者の方のおひとりが、「パブリックスペースがなぜ必要か、何の目的をもつべきなのか、の議論が必要である」とおっしゃっておられました。


スペースのディレクターであり、フィルムアート社の編集長でもある津田さんが最後に〆てくださいました。ワークショップは、時間オーバーしたし、かなりバタついてしまったので、おこられないかしらと心配していたのですが、にこにこして、「面白かったですよ」と言ってくださって、本当に良かったです。確か「インドみたいだったよ」とおっしゃったように記憶しています。インド?

21.1.12

ワークショップ「パブリックスペースはどこにある?」


来週火曜にワークショップがあります。以下、開催スペースであるamuのページからの転載。amuは、フィルムアート社が運営している恵比寿のスペース。お花屋さんが併設してある、とても素敵なところですよ。


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「パブリック・スペースはどこにある?」〜多元的な自由空間を探すアート・ワークショップ

2012年1月24日(火) 19:30~21:00(開場 19:00)
http://www.a-m-u.jp/access.html




わたしたちは今「公的な空間」を自分のものとして使い、活用しているでしょうか。アートを通じて国際的にパブリック・スペースの可能性を探ってきた2人のファシリテーターを迎え、パブリック・スペースの多元的な楽しみ方を探ります。

【ファシリテーター】
portrait_emmaota1.jpg太田エマ(インディペンデントキュレーター)
イギリスの美術大学を卒業後、キュレーター、アートコーディネーターとしての活動をスタート。アーティスト、学生、子どもたちを対象とした国際交流イベントを企画し、ドイツとイギリスに拠点を構えるメディアアート団体「Trampoline」で2年間キュレーターを務める。2005年より日本と海外の子どものコラボレーション・プロジェクト「inter-play」を企画開催。2006年には、メディアアートプロジェクト「ディスロケイト」を開始し、毎年国内外のアーティストを招いてアートやテクノロジーとローカリティの関係について、ワークショップやディスカッション、展覧会を行う。2007~11年には文部科学省の奨学金を受け、武蔵野美術大学映像学科においてアジアのメディアアート、オルタナティブスペースを研究。現在3331 Arts Chiyodaのインターナショナルコーディネーター。
http://www.dis-locate.net

portrait_sakikoyamaoka.jpg
山岡佐紀子(アーティスト)
武蔵野美術大学造形学部油絵学科卒業。主にパフォーマンスアート、ワークショップ、ドゥローイング、ビデオ作品など。欧米、アジアの20カ国以上に訪れて いる。2000年「パフォーマンスアート!」(芸大美術館)、2005年「横浜港湾借景行為表現計画」(トリエンナーレ応援企画)、2010年「美しい校門プロジェクト」(仁川芸術文化財団)、2010年「ディスロケイト/メディアクションズ」(3331ArtsChiyoda) 2011年は、 エルサレムとジローナとバンクーバーの3都市のアートスクールやフェスティバルに招かれて、パフォーマンスとワークショップを行なった。
http://sakikoyamaoka.com





「パブリックスペース」と言えば、何を思い浮かべますか。

私たちの「公的な空間」とは、国・市に提供され、管理された場所を言うのでしょうか。それとも、ただの通行するための場所でしょうか。公園、駅、道路、ショッピングセンター、広場、カフェ、ホテル。あるいはインターネットのソーシャルスペースでしょうか?

今「パブリック」の領域は、広がっているのでしょうか、それとも反対に小さな「島」になっているのでしょうか。私たちは日常生活の中であまり意識せずに「パブリックスペース」に関わっていますが、実際、何の意味があるのでしょうか。

aspicture.jpg「パブリックスペース」とは、さまざまな人が共存し、さまざまな行為が行われ、多様で、多くの可能性を持っている場所です。「パブリックスペース」は政府などに作られたものではありません。私たちのそれぞれの行為、思い、想像力、つまり広い意味での「アート」によって構築されています。

では、そのような場所で、私たち個人と個人は、交流・コラボを通してどのようなことができるでしょうか。

今回は、私たちのプレゼンテーションのあと、ご一緒に行うワークショップを通して、パブリックスペースの在り方、可能性、その未来を検証します。

それぞれ参加者の経験・ご意見をお聞きします。さらに「違った立場」の人たちの視点を想像する体験を行います。個人個人が考え、それを共有し、自分たちの試行錯誤によってパブリックは変えられるものであるということを、提案したいと思います。

どなたでもお気軽にご参加ください。楽しみながら、新しい感覚を相互に確認しあう小さな旅です。

写真:山岡佐紀子「Love or Not」 2010年 秋葉原(撮影:芝田文乃)

【プログラム】
1.イントロダクション:「理解のずれの認識」を共有する
2.パブリックスペースでのアート活動例
• 太田エマ アートプロジェクト
『ディスロケイト2007~2011』
• 山岡佐紀子 作品紹介
『美しい校門プロジェクト(仁川)』『Love or Not(東京)』
『We are Elegant(ジョグジャ、エルサレム、バンクーバー)』 
3.ワークショップ1:メモと想起
メモ用のカードを使った簡単な想像と意見出し
4.ワークショップ2:ロールプレイとその主張
さまざまな「パブリックスペース」を想定し、その中にいる人の立場を仮想的に思い描き、グループになり話し合います。
5.リフレクション


【定員】30人

【参加費】1000円

【会場】amu

【共催】NPO法人アート&ソサイエティ研究センター/amu
http://www.art-society.com/
http://www.a-m-u.jp/


    皇居前の楠公像とボストンのワシントン像


    2月5日のパフォーマンスの準備のために、皇居前広場のことを調べていて、この楠公像を見て、既視感を覚えました。ああ、そうだ、ボストンだ.....。



                            

    上は、皇居前広場の楠木正成の像、高村光雲作。下は、ボストンのマサチューセッツ議会の前の公園にあるジョージ・ワシントン像。下の写真は、私のカメラから。

    まあ、つまり、とてもステレオタイプなわけです。「騎馬像」の定番です。
    ところで、見た目は、そっくりですが、文脈が違う。ワシントンはいわゆる建国の「英雄」だけど、楠木は?「忠臣」のシンボル? 江戸を守ったわけでも、近代のデモクラシーを担ったわけではない。


    さて、そんなことから、都市空間の、騎馬像というものを考えてみました。



    以下は、ナポレオン像です。「英雄」です。市民階級の台頭です。この像はネットの検索で見つけたので、実際どこにあるのか、わかりません。ナポレオンの像は、ヨーロッパのあちらこちらにありそうです。




    そして、以下、騎馬像の元祖? ローマの英雄、マルクス・アウレリウスです。ローマのカンピドリオ広場。英雄というより、賢帝。



    最後に、パリのジャンヌ・ダルク像。因みに、騎馬像は、写真を撮る時に、どんな雲が出ているかも、大事なことかもしれません。



    都市の広場には、彫刻があります。それが、「騎馬像」である場合、どんな印象ですか?戦って何かを守った/勝ち得た、誇り。そして「何」を守った/勝ち取ったかが、興味深いところです。




    17.1.12

    バンクーバーの日本のビル

    帝冠様式というのを知っている方は多いでしようか。
    以下、wikpediaからの引用です。http://ja.wikipedia.org/wiki/帝冠様式

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    帝冠様式ていかんようしき)は、昭和初期の日本で流行した、鉄筋コンクリート造の現代建築に和風の瓦屋根を載せた和洋折衷の建築様式である。
    1930年代ナショナリズムの台頭を背景に、モダニズム建築に対抗して日本で発生した建築様式であり、現代的なビルに日本の伝統的な屋根を載せた非常に特徴的な意匠を持つ。「軍服を着た建物」という異名をもつ建築物様式としても知られる。

    実用を兼ねて容易に日本的な意匠を表現できる事から、日本内地より寧ろ外地満洲国に多く建てられ、現存するものも多い。しかし昭和初期に発生した事から、それ以前に日本の新領土として組み込まれた朝鮮台湾などには少なく、それらの地域では日本統治時代の残照として古典主義様式が目立つ。
    ....................................................................................................




    写真をご覧下さい。左の上のは、カナダのバンクーバーのダウンタウンイーストサイドの真ん中の交差点にあり、いわば、この町のシンボルの1つとも言える建物です。


    昨年9月に私は、主に、そのダウンタウンのイーストサイドにいました。そして、そこで「まるで帝冠様式」だな、と思う建物をいくつか見たので、写真を撮ってました。しかし、そこが日本人街ではなかったこともあり、まさか、ほんとの帝冠様式だとは!! きのうまで、信じてなかったです。.............右上のは、日本人街ですけどね。
    むしろ、「帝冠様式」って日本では言っているけれど、西欧には普通にあるんじゃないの?くらいに思ってました。
    ところが、きのう、調べたら、どうやらやっぱりそうなんですね。もっとたくさん、この都市には、あるようです。http://www.teikan.net/buildings/vancouver/

    つまり、バンクーバーの日本人社会は、自前で大きなビルをいくつも建てられるほど、成功していたわけです。本などには「成功した」と書いてありますが、どのくらい成功したかは、こういうことから、想像できると思います。

    そして、それを知れば、第二次大戦の時に、財産をすべて没収されて、カナダの東の方へ集団収容所へ送られたことの、悔しさは、どれほどだったかということがよくわかりました。そして、「日本人排斥運動」が起こってしまった理由も、想像がつきます。
    そのことはようやく1980年代に、カナダ政府から、正式に謝罪があったそうです。

    写真の右下のふたつの写真は、旧日本人街だったPowel Street にある建物で、帝冠様式ではないですが、日本人の名前が今も記されているので、写真に撮りました。他にもありましたよ。なんだか、不思議な親しみを感じます。異質な気もするけど、親しいような。遠い親戚に会って、なんとなく、なじめない気持ちがしたとき、みたいに。でも、実際、現在も住んでいる日本人の方たちに会って話すと、とてもオープンで楽しい人たちなので、それにも驚きました。たぶん、日本人的なムラ感覚ではなくて、欧米人のような「人当たり」が、身に付いておられるのではないかと思います。たまに、日本に「行く」と、閉鎖的な感じがすると、年配の女性が話していましたっけ。




    1.1.12

    新年のごあいさつ


    新年です。感謝します。天に地に人々に。

    そして丁寧に生きたいと思います。これまで生きてきた年数よりも、
    確実にこれからの方が少なくなってきましたからね。100までは生きないと思います。



    ホシムクドリです。短い命を、元気いっぱいに、かわいらしく生きている、
    小鳥たちは、生き方の見本のひとつ。


    今回の年末年始は、「喪」の気持ちが強くて、「おめでとう!」と言う言葉がしっくりしません。
    個人的には、ここ4年連続、私は、こうでした。父が倒れた冬、父が亡くなった冬、父の喪、そして東北の喪。まだ、涙は止まっていないので、私の喪はあけてないみたいです。
    う〜ん、でも毎年、晦日を「喪」の時間として過ごすのも良いかと考えています。クリスマスが過ぎたら、喪に入ることにしようかな。
    喪は、「生きている」ことを、より、きらきらと見せてくれます。うん、そうだ。だから、神社や寺にお参りするのです。私の町には、神社や寺がたくさんあります。若者がたくさん来ている。楽しいんだろうな、と思う。


    クリスマスに、オノヨーコさんのYouTubeの「War is Over」の流れる映像で、戦争で亡くなっている人たちの姿を見ました。戦争の死はなくなるべきだけど、たぶん、あまりなくならない。戦争の形が変わっても、それに等しい「犠牲」と言ってもいい死はあるだろうし、それはなくならないどころか、増えるかもしれません。そうです、死は、どこにでもある。病院のベッドの死も、家族に囲まれた死も、静かな死も、同じく、訪れる、誰にでも、どこにでも。


    戦争は、なくなって欲しいけれど、死は「隠されては」いけないと思います。
    いったい、いつから、死がタブーになって、隠されるようになったのか。
    オノさんの映像の目的とは違う反応かもしれないけれど、もっと、普通に死を考えても良いと思いました。死は、希望の反対語ではありません。


    宮本常一さんの書かれた「忘れられた日本人」で、何かのはずみで、フグなんかで死ぬもんかって意地を張って啖呵を切った、とあるおじさんが、フグをたらふく食べて、結局あっけなく死んじゃった話が描かれていたことを、思い出します。落語みたいだけど、そんな人生もある。重いとか、軽いとか、簡単には言えないのではないかと思います。



    ゆっくりゆっくり、後半の人生を「行きます」。
    もし、.... そばを歩かれる方がおられたら、どうぞ、よろしく。







    22.12.11

    かげろう、ではなく。

    1992年、杉並区のギャラリーアート倉庫でのパフォーマンス



    この2000年紀になってからの10年間にしてきたことを、自分で、振り返り、今後の方針を決めてゆく作業が必要だと思っています。

    わかってきていることは、「身体」を個の身体だけで捉えることの無意味さです。「個」にこだわりたい気持ちも思想があったこともわかります。たぶんそれは20世紀的提起だったと思います。それは結局、目に見えていることにとらわれすぎ、危険をはらみます。物質主義的すぎる。つまり、所有のセンスにも関係します。私は「オブジェ」として捉えるよりも、「関係性」ととらえた方が、先に進める気がする。もちろん、共同体にも、いっそう、危険が伴います。早い話、身体にまつわることには、危うさが常にある。


    今年は、特に、人というものの見え方も少し違ってきました。人々も言葉も。ひとつひとつに。ひとつひとつが、出会い、見て、聞いて、その瞬間に過去になってゆく、そういう、「かげろう」のようなものは、黙って見過ごしてみたい。そうではなく、何か、もっとぐっと大枠で、つかみたい。そんな気持ちです。いわゆる時間を使った表現の「限界」として、少々、センチメンタルによく言われる「イフェメラ(かげろう)」を楽しむのではなくて、そういった「限界」には、直接、向かわない、そういう感覚。あまりに、「その時」「その時」である、世間に対して、少し、苛立っているのかもしれません。


    写真の場所。私はこの画廊で働いてもいました。もう20年も前とは思えません。20年も前、というのではなく、この瞬間と、今と、そして、これからのことも、つなぎきれるような、岩のような感覚が欲しい。



    12.12.11

    優秀な通訳者

    最近、ブログの書き方が少し気まぐれですね。
    久しぶりにこのページをあけて、前に書いた投稿を読み、何を言っているのか、よくわからない。今の頭がおかしいのか、以前の頭がおかしいのか。

    インターフェイス。
    この数年間、私の世間へのインターフェイスは、ネットが多くを占めていました。ついごく最近まで。でも、今少し変わってきています。私の「PCの手前」の世界に、世界と対面する空間があらためて作られつつある。パフォーマンスアートをやる人が、今更、こんなことを言うは変?「あんたたちにとっては、あたり前なのでは?」って。
    でも、私に限らず、そうとも限らないと思います。確かに、インターネットは世界を広くする。それは、間違いはありませんが、狭くするのも、確かです。つながりやすいが、本当につながっているのか? 誰もが考えたことがある問いです。しかし、デジタル機械特有の感覚で、スマートにつながる「重さのない」気持ちよさに、つい没頭してしまう。それも生理なのだと思います。

    コミュニケーションの仕方。今、私は変えつつあるところです。まだ、定まりません。
    PCは毎日あけるし、インターネットにもつなぐけれど、こちらから、それほど、発信しなくなりました。インターネットはやはり二番手のコミュニケーションツール。一番はなんと言っても、身体ですね。普通に言えば、声、手、顔ですね。そして、仕事する身体。もっともっと意識したい。

    きのうは、小金井のシャトー2Fで、小規模なパフォーマンスをしました。8人の方たちと行ないました。8人でも少々多すぎたかも。少人数編成に、今関心があります。お互い、顔を覚えて、名前で呼びかけられるくらい。イベント名「百頭バア 優秀な通訳者」。

    4つのカップルになります。エンピツで書いた紙の交換で、もう1人の人と何気ない会話をします。秘書のような人がいて、それを預かって、間接的にもう一人に渡す。その間で、勝手に内容を改変する。そういうものでした。秘書は、私です。

    以下、参加者である高橋晃さんの写真によるスライドショーです。記録撮影は、ビデオカメラを持ってきてくださるという提案をいただいていたのですが、あえて、スティルにしていただきました。シーンが写真の方がきれいかもしれないと思いました。写真を見ても、わからないかもしれません。でも、わかるのは、参加者だけなので、それで良いかと思います。しかも、手紙はカップルによって、違ってくる。それぞれの記憶になって持って帰ってもらう。そういうことをしたかったのです。通じ合うことが、全てではないのかなと思い..........


    27.11.11

    詩みたいだね


    今日から一日一時間は小説を読もうと思う。


    写真は、facebookからとりました。
    ちょっとだけ知っているアメリカ人のウォールから持ってきた。誰が誰だかわからないけど、なんだか、不思議な写真。
    印象派の絵みたい。



    26.11.11

    まともな大人

    最近の思うこと。この3週間、Facebookで、「研究会バクスイレン+シャトマル」をやりました。そんなことなどから、思うこと。(アーティスト以外と話せて良かった)

    今の日本は、まともな大人は、政治や社会問題、経済問題で、手一杯であるということ。アートに関心がないわけでも、感性がないわけでもなくて、優先順位が下がっているということだと思います。彼等は、社会や回りの人たちに対して、より責任があると感じている。まともな大人が、そうでなくては、むしろ、困るかもしれなません。語るべきは、アートというより、文化背景のようです。「なぜ、このような社会になったのだろう?」と。

    手一杯であっても、なにがしか、アートなどの表現に触れていたいという人は当然います。アートに触れれば、感じることは確実にあって、その場では口にしたりはする。でも、後までわざわざ覚えていたり、人前で話したり、人宛に書くための「言語」にはなかなか、しないのでしょう。「芸術のための言語」を鍛えている暇は、もちろん、なかなかない(研究会の目的はそこでした)し、必要もない。

    私のまわりの人たちはだいたいそうです。その人たちは話していても刺激的だし、信頼できると感じます。応援してくれていれば、なおさらです。私の仕事は、それに答えるべく、視点をずらす可動域の広い首のしなやかさ、人の見てない深いところをみつめる眼力などを、じっくり鍛えておくことだと思います。そしてますます、突拍子もない作品、あるいはよくわからない作品を提出し続ける。


    世の中の様々なアートの普及活動も意味があるかもしれない。行き場がない、若者たちの居場所を提供するやり方もあるかもしれない。昔ながらのアートファンやそのコミュニティを支える画廊の活動も意味がある。また、コマーシャル画廊の活動、それらと共同作業しているらしい美術館や国際展も悪くない。話題になり、評価されるような企画展を考えるキュレーターさんたちは忙し過ぎで、私のところまでは来られない。またまた、社会問題フォーカス型のアート作品とその批評活動は、どこか私からは遠い。どれも、どうも、私の活動域ではないけれど、見物して楽しむことはできます。

    もしかしたら、それについて問をかけるメタな作品が、できるかもしれないですねえ?
     私は、ひねくれ者の、へそまがりだから。

    メタというのは、私が9月にバンクーバーでやったパフォーマンスを評して、何人かの人が「メタパフォーマンスだね」言っていた言葉。なので、「メタ」っていいかも〜。


    文化っで、「こうあるべきでしょう」なんて言っても意味がない。


    以下は、Facebookで拾ってきた様々なイメージ。













    21.11.11

    チエンマイに送ったインストラクション


    チェンマイでのアジアトピアというアートフェスティバルに送ったパフォーマンスの指示書(インストラクション)。おととい概要をメールで送ったら、それは可能だと言ってくれたので、正式に書いた。これ以外に、去年、秋葉原でやった時の記録ビデオも添付した。上演日程は、今週末である。

    そういうイレギュラーなことを、面白いと思ってやってくれるか、面倒くさいけどなんとかするわね、みたいなことになるのかは、実のところ、現地に行かないから、わからない。勿論、アジアトピアはアジアでも最も、信頼できるフェスティバルの1つである。

    それにしても、こういう「メタ・パフォーマンス」なことを、最近行なうことが増えてきた。なぜか、知らない。すべてのパフォーマンスの指示書を、作っておくのも面白いかも。誰でもやって良いって。一応、クレジットは出してねって?




    20.11.11

    遠ざかること












    私は、遠ざかりたくないと思う。

    17.11.11

    12月の3つの予定



    アジアトピアAsiatopia13 
     タイ チェンマイ、コラットKorat、※バンコクは洪水の被害により中止
    12月2〜4日 うち1回@チェンマイ Suan Buak Haad Park
    12月9〜11日 うち1回@コラット city square
     山岡佐紀子作品 『Love or Not』
    山岡のインストラクションによる観客参加のアクションパフォーマンス)



    ☆ バクスイレン Bak-Suiren vol.2 
    埼玉県川越市にて不定期に行なうディスカッションやトークのイベント)
    http://www.facebook.com/event.php?eid=125437777566920
    「ポリティカル・ラブリー・アクション」
    12月8日(水)18:00〜~20:30(開場17:30)参加料 1000円 
    ゲストに、シニード・オードネルさんをお招きし、
    パフォーマンスとこれまでの活動を紹介するトークを催します。

    http://www.sineadodonnell.com/
    聞き手、企画:山岡佐紀子、門倉緑 Studio Art Hechima So On
    @川越市産業物産館 小江戸蔵里 つどい蔵ギャラリー http://www.machikawa.co.jp/



    山岡佐紀子ソロイベント Sakiko Solo Event
    百頭バア(Hundred Heads Bar)その1『優秀な通訳者』
    シャトーパフォーマンスアートマルゴー 番外
    http://chateau-pa-margaux.blogspot.com

     12月11日(日)参加料500円+1ドリンク 17:30〜18:30
    観客6人限定。完全予約制。予約申し込み missingincity@gmail.com
    @小金井アートスポット シャトー2F (リザベーションルーム)