19.3.09

No Place to Sleep

病院の話。いろいろ調べると仕組みがわかっていく。

父の病気は、大腸がんの手術だったが、手術のすぐあとに脳梗塞が出て、心筋梗塞にもなりかけて、肺炎にもなりかけて、「急性期」と言ってもいい時期が2ヶ月近くもあった。入院、3ヶ月目に入った現在、ようやく「回復」し始め、麻痺の出た左手足と、長く使ってなかった右足の訓練をしている。身体が元気になったので、訓練の効果は良くて、まるで赤子の成長にたとえられそうなくらいの勢いでめきめき動き始めている。

ところが、法律の都合で、転院しなくてはならないが、別の法律のせいで、良い所はみつけにくいというダブルな問題。今の病院からは「維持期」向けの(もう治らないことを前提にした)施設や病院しか、紹介されない。それでは、父がかわいそうなので、病院の紹介は断って、わたしはリハビリに熱心な病院を探している。だが、まだ見つからない。

問題の2つの法律。
1つは、転院を迫れている理由。一般病院は、2〜3ヶ月の入院が続くと、入院に対する国からのサポート(診療報酬点数)が減って行く。いてはいけないわけではないけれど、他に、儲かる患者が入ってきた時のために、病院は病室を空けておきたいわけだ。
もう1つの法律は、転院先が見つかりにくい理由。なんと、去年の3月に厚生労働大臣からの「通則」という形で、発令されたばかりもの。脳梗塞などの患者は、発症から、60日以内の患者にかぎり、病院は、180日の治療に対するサポート(診療報酬点数)を受けられる。

このふたつのかけ算で、父の行く所は、限られてしまう。いくつも断られて、今、ひとつの返事待ちである。お金をたんまり払う気であれば、ないわけではない。家族の負担額も増えていく。

関東甲信越厚生局というところへ電話して、状況を、確かめてみると、厚生局としては、患者に直接、負担を強いているのというより、病院が、その法律をどう受け取るかにかかっている、というスタンスだ。負担を受けとめて、患者を治すことの努力をするのか、負担は患者に回すのかを決めるのは、病院の方針にかかっている、というわけ。

マスゾエさんは、お金持ちで、若いお嫁さんに、お母さんを見てもらっているので、家で、介護をすればいいと、思っているのかもしれない。病院に、うじゃうじゃ、治療の見込みのない老人がいる状態を、変えたいと思っているらしい。だが、急性期が長いが回復の可能のある患者のことは、計算に入れてないのか。というか、気がついていない?
ジェロントロジーは、どうなんだ?
あきらめて、気持ちよく、死期を待っておくれって、いう学問?

今は、うちの場合は、もうからないけど、受け入れてもいいよ、と言う奇特な病院を、探している状況である。

厚生労働省のロビーへ父とおしかけて、ごろりと、寝転んでみたい気分ではある。
だが、わたしは、わたしの作品をそういうことには、使わない予定。イマジネーションが、狭くなってしまうから。
だが、ハートには、そういうことを、含めていることは確か。
毎日毎日、自分のベッドに横たわりながら、この気持ちのよい幸せがいつまで、続くのだろうかと思っている。