森美術館に、アネット・*サジュ展を見に行った。フライヤーの案内を読んで、期待半分、なんとか半分だったけど、実際は、案内を裏切ってくれて、とても満足した。案内だと、どことなく、なんとでも言えてしまう系の、最近よく見かける「わたしってちょっとやばいかもしれないけど、かわいいでしょ?」系かもしれないという不安がなくもなかった。フライヤーには、フェミニズムのアーティストとも書いたあったと思う。
入場すると、すぐに、わたしはにやにやしてきた。たくさんの鳥の剥製が、みな、ぬいぐるみの頭を、被らされ、天井からぶらさがった台にのっている。入場してすぐの左の小さめのへやには、こちらは剥製程の美しさも保ててない、たぶん、単に死んで黒ずんでいる雀(だと思う)がガラスの中にたくさんいて、毛糸で作られた衣装をきせられていたり、折檻具がつけられている。この部屋は、薄暗くて、誰もいなかった。
六本木の午後6時だから、けっこう、若い男女のお客が多くて、ちょっとびびっている。
死体は、この入り口だけで、後は、ちぎれたぬいぐるみが、電動で動いていたり、身体の一部を撮った写真などとドゥローイングのコラージュ。というと、まったく説明不足で、気味が悪いみたいだけど、わたしは、非常に楽しかった。構成のアイデアがとても豊かで、わたしの琴線にふれる。
美術館の説明みたいに「彼女は聖と俗、ユーモアと恐怖、愛と悲しみ、女性と男性、動物と人間、子供と大人、生と死、表と裏など、人間の相反する複雑さを日常の視点から浮き彫りにします。 収集癖や身体への関心、ぬいぐるみや玩具との戯れ、言葉遊びなどから生まれる作品には、子供のような無邪気さと残酷さが共存し、私たちは、メサジェの紡ぎだす物語の世界からさまざまなメッセージを読み取ることができます。 人間の負の感覚にも正面から向き合いつつ、そこに小さなユーモアを潜ませる独特のエスプリは、世代を超えて多くの人びとの心を捉え、魅了します。チャーミングで幻想的、そして時に奇妙で不可思議なかたちで私たちの前へ現れる作品群。それらは人の心の奥深い部分へ何かを投げかけてくる「使者」といえます。」と言えばいいのかもしれないけど、「ブツ」ってのは、もっと違ったド力でもって、なにかしらかを伝えてくれる。写真やカタログでは、色のきれいさに、だまされるので、買わなかった。ハートに刻み付けるのだ。
そして、またわたしは、ちょっとしたある決心をした。
ちなみに、1994年に世田谷美術館であった「アウトサイダーアート」展のカタログの表紙になっている作品は、彼女のものだった!