16.8.08

自己矛盾の秋到来

買い込みすぎた本を処分することを「贅肉をとる」と言った友人があったが、わたしはそうは思わない。家が、広かったら、とっておきたいものばかり。でも、涙をのんで、50冊くらいさよならだ。まあ、妄想という贅肉といえば、そうなのかもしれない。しかし、危なく捨てそうになった、以前ちょっと読んでつまらんと決め込んでいた本を、めくると、おおおおおおおおおおおおおおお。探していた、話が出ているではないか。えええええええええええええええええというほど、詳しく出ていました。

前回の日記を読み返すと、自分がリヒターでもないのに、そういう気分になって、他のおじさんのこと、厳しく言って、わたしって良くないな、と思う。リヒターの本を閉じた時は、やくざ映画を見終わって、気分はなんだか高倉健、みたいな感じだったんだろう。笑える。

こっちは、それどこではなく、本棚、資料の整理をしていると、明らかに2007年夏くらいから、いかに表面だけで生きてきたというのがわかる。表面だけ、というのは、物事の整理をせずに、その日その日で、やってきたということ。なすすべもなく、積み上げられていた資料を整理。写真データにしても、去年気がつかなかったことが、いろいろ、あるのを知る。
このごろ、確実に、体力が回復しつつあるので、どんどん、やるのこころ。(?この言葉遣いはどこから来たかしら)

何事かが、わかってくるのは、傷口が治ってくるスピードに似ている。時間が経たないとわからないことがある。だけど、これは困るよね。実際問題。「人を決めつけないでくださいねっ」とよく注意される私だけど、ある程度のところで、ジャッジしないと、人事部としては仕事にならないものね。それとも、柔軟な頭は、柔軟な身体に宿る、か?
でも、「なせ、国民は健康でならなければならないのだ?」という問をテーマにした作品をつくりつつ、まだ仕上がってない私としては、毎朝、トレーニングする、奴隷のような身体を持つ自分の姿との矛盾をどおするべ。もちろん、国のためではなくて、自分のためなんだけど。自己矛盾に苦しむ、秋、到来。

だらだらした時間。2007年、デュッセルドルフ。尺取り虫みたいなのが、ワタシ。首が切れているのが、アダチくん。誰もからだを「ピン」とのばしたりはしない。これでいいのダ。

14.8.08

のんきについて

3日前、夏休み気分で、佐倉の川村美術館に行った。モダンアートをあれこれ見るのって、本当に、世界から逃避した感じで、気が楽になれる。バーネット・ニューマンの特別室などは、ほんとに、あっという程、アメリカ美術が、希望に見えていた時代を感じた。

今のわたしたちは、そうはのんきでいられない。

ブックショップで、リヒターとタイマンスの評論を買う。リヒターは、webが充実しているから、すでにたくさん実物を見た人で、研究用という場合には、画集は買う必要がないと思います。
イデオロギーを拒否している。彼のその姿勢は、作品に現れる。それが思想そのものだと思った。ノンのノンだ。東でも西でもないし、イリュージョンでも、リアリティでもない。厳しく、「甘い」解釈を回避している。でも、絵画が、何かすばらしいことをしているわけでもなく、感情のニュアンスを表しているだけだとも言う。詳しく書かない。生意気に聞こえちゃうからね。ちなみに彼は、当時東ドイツだったドレスデンの出身で、60年代に、西ドイツに移住した。

きのうは、ビデオにとっておいた、スティーブ・ライヒの今年の東京でのコンサートを見る(聴く)。表現方法で、すでに充分、思想が現れているのに、わざわざ、アウシュビッツ話や、イラクで殺されたジャーナリストについての詩みたいなものを曲に混ぜているのは、あまり、しっくりしているとは、思えなかった。構成としても、クリアではない気がした。アメリカ人的ナイーブさを感じてしまう。ああ、これも生意気だよね。だけど、アメリカ系ユダヤ人という立場は、今では、中東ではある意味、加害者でもあるのだから。............リヒターの後に、接するとつい厳しくなってしまう。

ずっと前に、シンドラーのリストって、映画を、ビデオ屋で借りてみた。長いから、上下巻に分かれていた。上が、終わりかけのシーンは、ユダヤ人達が、trainでぎゅうぎゅう詰めで運ばれていくシーンだった。そのシーンが突如終わり、「引き続き、下巻もお楽しみ下さい」という字が出たとき、わたしは、ひどく、恥ずかしい気持ちになった。自分を責めさえした。でも、今は、言える。その恥ずかしさは、わたしのものというより、スピルバーグのものではない? 恥ずかしいという言葉は、ぴったりではないけど。



以下、写真。ドイツの死の商人(武器商人)と言われた男、アルフレッド・クルップの銅像の前で。

11.8.08

ソ*ジェニーツイン

人生には、まったく思いがけない人が、関わってくるものだと思う。自分でコントロールはできないものだ。
たとえば、両親がこどもの将来に夢見たような世界とは、まったく違う人たちに、子供が反応していくのを、どう思いながら見るのだろう。

わたしは、小学生6年だったかの時に、テレビで見た、ソルジェ*ーツインの亡命に、なぜかとっても感動してしまった。学校へ行って、尊敬する人として、その名を発表し、担任の先生を絶句させた。
中学になって、彼の著作を、一冊買ったけど、読めなかった。だから、どっぷり浸かっているわけではなく、むしろ、亡命ということ、そのものに、あこがれ続けた。そのうち、ミグ25戦闘機が、北海道に亡命した。

何に偉大さを感じたかは、人に話して、理解されたことがないから、もう説明はしない。形で表していくだけ。

やがて、ソルジェニー*ィンの亡命についての、もっと詳しいことを知るにつけ、あの華々しい悲劇の印象は、西側のメディアの演出が過剰だったこともわかって行く。そして、彼の帰国後に、書いた「廃墟の中のロシア」を読んで、わたしが思っていたイメージや、西側が作ろうとしたイメージと本人に、ギャップがあることにも、気がついた。同時に、本人自身にはじめて、接することがっできて、それは良い事だと思う。表現の機会が与えられた人は、いいなと思う。だれもが、そうできるわけではないので、そういう才能やチャンスに恵まれた人は、それに気がついて欲しいと思った。彼は、たぶん、そういう人だと思う。


今月3日の夜に彼は亡くなった。

どっちの世界にいようが、たいしていやなことが減るわけでも、ない、という世界感が、わたしを支配する。
もっといろいろなことを書きたいけど、今日はやめにしておく。


8.8.08

巻き込まれてワルシャワで主演女優になるの巻

昨年、ヨコハマで撮影した「Missing in Yokohama」(80年代に横浜で失踪したポーランド女性であると自分で思い込んでいる女が、久しぶりに横浜へ帰ってきて町をうろうろ歩く)のビデオバージョンは、撮影者のパベルが最後に言ってきたコピーライトの件で、わたしが希望するようには、編集ができないことになったので、後で、仕上がりを見ても、ぴんと来ないから、1年ほったらかしにしていた。また、彼はその撮影で、わたしのこの作品と、彼の方の作品とを2つ作ることになっていた(ご苦労なことである)。そちらは、そのあと、わたしがワルシャワに行ったので、そこで最終撮影があったが、これが驚くようなメロドラマのシナリオができていた。こちらも架空の哲学者レビンスキーがいて、彼を訪ねてきたsakiko。哲学に憧れていたはずが、フォーリンラブになってしまうというもの。こっちは、本名のわたし。わたしが使っているポーランド名モニカですらない。一日しかなかったから、一応演じてみたけど、こんなものが世間に出回ったら、わたしのアーティストとしての、イメージに傷がつくから、出演者の名前は、誰か架空のものにして欲しいと、ずっと申し入れていた。そのうち、どうせ、マイナーだろうから、まあいいかとあきらめた。しかし,映像や写真というものは、本当に怖い。コピーがいくらでもきくし。さらにノーギャラだし。
余談だけど、相手役のクリストフは、wikiにも載っている本物の俳優。演技というものを目の前で見て、自然に見えるって、こうもわざとらしいのかと、関心した。

ところが、久しぶりに、ほったらかしていた、わたしの作品の方(編集は彼)を、見てみたら、案外、面白いので使えそう。
そして、そのB級なメロドラマ映画の方の使い方にも、ひらめいて、いまは楽しい。その「巻き込まれてワルシャワで主演女優になるの巻」は、行き場を失ってうろうろ歩く女の、「まさかこんなことにも!」という事件のコメディとして、有効である。それが、メロドラマであればあるほど、ちょうどいい。撮影されたフィルムそのものも、わたしのトータルなパフォーマンス作品の一部と考えることができる。コピーライトなんて、もうどうだったいいわけだ。映画のタイトルが『真実の現象学(The phenomelogy of Truth)』というのも、また、笑える。
いつの間にか、クラクフで試写まですませているらしい。このやられぶったくりみたいな出来事は、架空のことと、事実のことなど境界がないというテーマにぴったりだ。
それにして、「国際哲学映画フェステイバル」なんてものがあるなんて、不思議な国だなあ。


6.8.08

変な人たち

昨日は、知り合いの、脳梗塞から生還したばかりの、あるギャラリーオーナーに誘われて、ある、大きな展覧会のオープニングに行った。
客観的に、アーティストという存在を眺めていて、思うのは、アーティストって、まじめな人たちだということ。一般に、アーティストって、変な人たちだと思われている節があるが、実際のところは、社会に迎合せず、人間らしさを維持した、ストレートな存在だと思う。ヤマっぽいことを言ったとしても、作品はこつこつ作るしかなく、そのリアクションは、ダイレクトに個人のハートに戻ってくるので、案外、現実的で、嘘が少ない。
変な人々というのは、そのアーティストのまわりにいて、本格的にヤマっぽいことを言っている人々の方。そう言ったら、その生還した知り合いは、「あ、それおれのことね」とうれしそうにしていました。アーティストで、その周辺をかねている人が少なからずいて、それの方が目立ったりするから、人は、「アーティストは変な人」と言うのかもしれない(ウォーホルなんかそうだ)。あるいは、社会のルールより自分のルールを優先しがちな、素朴でナイーブで、お子様チックなアーティストの行動を見て、「変な人」と言う場合もある。

どちらにせよ、変、というのは、実は、ある種の人間社会の真実をついている。バランスの悪い、真実というべきか。ヤマっていることが、ひとつの人間の真実っていうのかしら。欲望サイドについているというのかな。やっかいだが、無視するか批判するか愛するか、それはあなた次第なのよ。

要望としては、できるだけ、変な人は、自覚していて欲しいというのは、あります。変なことは、大事なことなのだから。くだらなくもあるし。

30.7.08

身体という牢獄、あるいは物物交換

ちょいと暗いタイトルになってしまったね。

でもこれは事実なのだ。
10年くらい前に、バイトでお世話になっていた女性が、白血病にかかって、入院。手紙を書いたりして、景色のこととか、鳥のこととか、花のこととか、そう言う事しか、書けなかったからそれを書いたんだが、彼女は電話してくれてひとこと「でも、さきちゃん。わたしは、元気に生きられる身体とこれを代えて欲しいだけ」と言った。

だからって、絶望ではない。
だけど、わたしも2年くらい前から、ひたすら、体力が落ちて、今日の元気が、明日の保証にはならないような感じ。病気があったから、手術したけど、かえって、体力が落ちた。いろいろな体操をしてみて、今は、ボクシング。ちょっとブームらしい。精神との関係があると思って、面白げなことがよかろうと思った。でも、2週間に1度しか、レッスンがないから、毎日は、自主トレ。なわとびとシャドー(って言うのかな)をしている。4週間目になったけど、何か、変わったかな。

物物交換は、欲しいものと代えてもらうための相手を探すのが大変だ。だから何でもと、交換のできる貨幣ができたという話。でも、お金を払っても、知りたい情報は、なかなか見つからないね。売りたいものと、欲しいものが、一致することすら、本当はめったにないのだ。

「身体という牢獄」というのは、実は、また別の話。
他人の立場など、本当は、想像することはできない、という意味だね。また、その逆。

身体のことは、宗教にもなりがちだから、いやなんだ。希望なんかと混ぜたくない。イメージの遊び、それがせいぜいというものだ。80歳になっても筋肉トレーニングをするというのは、変態だと思う。心が受け止められる早さの老化がいいな。ないものねだりだな、それも。第一、病気で死ぬ時、痛みが伴うのは、なぜなんだと思う。殺すつもりなら、痛めなくたっていいではないか。


フに落ちない。腑に落ちないという言葉も変だけど、つまり、そういう制限を、おもしろがりたいということなんだ。
まだ、暗く聞こえる?

一生懸命鍛えているアスリートを見るとご苦労さんって、言いたくなる。自分の身の限界に迫っている。

勝手に他人に思い入れる。愛、かよ。だらしない、考え。想像力。これもだらしない。そのだらしないのも、いいのでは、と思う。
楽に行こうぜ。


写真は最近見かけた、樹。彼/彼女はどこにも行けない。それを面白いって思ってしまうのって、失敬なんだけど、想像力ってそういうものだ。


26.7.08

品川でサキコされたの巻

サキコされた=先越された

おとといだったか、キャノンに用があって、品川駅東口のビル群へ行きました。すんごいところです。人は黙々と歩いています。わたしに関係がありそうなのは、スタバとタリーズコーヒーくらいかな。タリーズでコーヒーを飲んで、熊沢書店で本を買いました。いつの間にかああいうところがあったのね。まあ、幕末太陽伝の舞台が、品川であることを考えると、因縁というべきか。

キャノンへ行く途中に、三菱重工本社ビルがありました。すっかりうれしくなって(!?)、ひとりで町を歩く時は、三脚を背負って出なくちゃね、と思って残念に思いました。ところが、この看板。






















う〜ん、これほど、警戒しているとは。こういうものは、たとえば、キャノンのビルにはなかったです。三菱重工の本社ってまさに日本一の標的なのね。あたしは別に爆破しようと言うわけではないのだけどね。サキ読みされたと思ってしまいました。せめてものことを、と思って、ガラスの外から、結構長いこと中を覗いて立っていました。警備員が、じっとこっちを見るのは、退屈だからだと思います。あたしと、品川心中、してみる?

一方、キャノンでは、コンパニオンみたいなきれいなおねえさんに囲まれて、あれこれ、教えていただきましたが、なんかうすっぺらな情報でした。

見た目ばっかりの町だなあと思ってしまった。


以下は、あるところにあったある貼紙。なんかイカしたレイアウト。


22.7.08

「ニッポン無*任時代」と「幕*太陽伝」

この4〜5日、打ち合わせや人に会う用事で,毎日のようにでかけて、暑さも手伝って、ちょっとへとへと。

 今日は、地元のスカラ座で、映画「ニッポン無責任時代」(1962)と「幕末太陽伝」(1957)を見ました。これは、文化庁と東京国立近代美術館フィルムセンターの主催で、全国の様々な公民館などで行われている優秀映画鑑賞推進事業、なんだそうです。わが町には、スカラ座がある。
 どちらも楽しかった。特に幕末太陽伝の方は、かなりシュールで、気に入りました。「居残り左平次」「品川心中」などの落語がベースとなっているそうです。「ニッポン」の方は、無責任でありながらも、人情に厚かったりするけど、「幕末」の方は、なんのために彼がそれをしているのか、わからない。一応、チップをもらうためなんだけど...。全員、勝手な人ばかりで、笑いもブラックです。それから主演のフランキー堺の身のこなしの敏捷さにびっくり。ほとんど魅了されました。また、出演しているほとんどの俳優、女優が、もう引退している中、菅井きんだけが、この1957年の映画とまるで、かわらない感じで、今も活躍していることにも、驚きました。

夕方、あまりに体力がなくなっていたので、高い国産うなぎと安いゴーヤを買って帰り、夕食としました。お財布、空になる!!

あした、また打ち合わせにでかける。できれば、しばらく、自宅で、制作に励み、内向きのパワーを蓄えたいです。

写真は、5月にフランクフルトの駅前で撮った写真。ワインやビールを飲ませる屋台が並ぶ中、薫製のお魚を売るお店があり、こんな風に、お魚がぶら下がっていました。

ト*ース・エレメ*ツとア*ト・スコー*

おととい見た2つの展覧会。

 
ト*ース・エレメ*ツ。オペラシティアートギャラリー。写真や映像の、日本とオーストラリアの若手作家たち。
 個人的には、入り口すぐのところにあった志*理江子というアーティストの作品を気に入りました。はじめは、どうなっているのかわからなかったけど、いくつか見ているうちに、わかったし、その技法が表そうとしていることもわかったような気がします。ちょっとSF的だったりや霊の存在を示唆してみたり、本気なのかイメージだけなのかわからない微妙なあたりで作画しており、わたしは、想像力をかきたてられました。元の写真が古いものなのか、古そうにしているのか、わからないけど、わたしにはどちらでもいいのです。
 他のアーティストの作品も楽しめたけど、あまりに美学や技巧を、誇っているようなものは、わたしはあまり好きになれませんでした。最後のところにあった、アレックス・*ィビスの作品は、ややもすると、ディズニーランド的な理解や利用をされてしまいそうに思いましたが、そっけなく作ってあるし、映像や写真の、本質に触れるテーマが、面白いと思います。ここに、どういうものだったか、書いてもいいけど、長くなるし、書いてもわからないかもしれないので、省きます。

ア*ト・スコー*2007/2008。原美術館。ドイツの車メーカーで あるダイムラーのファンデーションの交換プログラム。日本から2人、ドイツから2人。去年はドイツで滞在、展覧会。今年は、日本に滞在、展覧会、というプログラム。1970年生まれ前後の人たちだが、日本の作家の方が、経験や、それぞれの国のアートシーンでの地位が高いのではないかと思いました。ドイツはたくさんの、活動しているアーティストがいるから、チャンスがぐるぐる回るのではないかな。日本は、一握りのアーティストが、活躍という事情。
 照*勇*さんの作品は、もう本当に、アイデアにも美しさにもユニーク性にも驚くばかり。繊細な作りで、これほど、スケールを感じることができるものかと感心するばかりです。見た目だけで終わらせないで、知的な操作とか、意外な取り合わせ(本物の蝶がガラスの中にいたり)をためしたりなど、どんどん発展させておられていいなあ。
 加藤*さんも、まとめて数点見たのは初めてだったので、面白かったです。もうベテランという感じ。家族像ではない作品も作ってほしいと思うけど、たぶん、自分にまつわわることに感心のある人なんでしょうね。どちらの方も、原美術館の空間を、とってもうまく使っていてました。たぶん、キュレーターも優れているんでしょうが。
 2階は2人のドイツのアーティスト。映像作品のエヴァは、面白かったけど、ビル・ヴィオ*の影響大なのが、気になりました。それでも面白くはありました。実は動いている、ということに気がつかないで、どんどん部屋からお客が出て行ってしまっていたのは、残念。もう一人の、アスカ*の作品は、ちょっと、わたしには、わからないです。ごめんなさいね。
 原美術館のあの、お高いレストランに、人がいっぱいいて、小金持たちの3連休の中日を、ガラス窓ごしに、祝福いたしました。わたしは、品川駅前の、券売機も壊れている、陰気な立ち食いそば屋で、一服しました。


 どちらもまだやっている展覧会なので、もし、これから行く人があれば、感想を聞かせてくださいね。


 以下は、まったく関係ないですが、クラクフの町外れで見た、社会主義リアリズムな大げさなビル群の中にあった彫刻。ビル群や彫刻には、「力」「秩序」「科学」という言葉が浮かぶ、迫力があります。観光地に飽きて、ぶらぶら歩いていたら、見つけた町。面白かったです。面白さって、好きかどうかというのとちょっと違うようですね。

21.7.08

ター*ー賞展

先週から、あちこちでかけて、いろいろなものを見てきた。

先週のことから。森美術館。「ターナ*賞展」最終日に滑り込み。前の日から、暗い話題のものに触れていて、世をはかなんでいた、わたしであったが、この展覧会で、救われた。楽しい。ウイットネスとユーモア。感情に対して距離を置く事。わたしが、なぜアートが好きか、思い出す事ができた。
タ*ナー賞については、おおよその知識しかなかったけど、説明パネルでよく知る事ができた。サッチャー政権下のイギリス。様々な公営事業が、つぎつぎと民営化され、また民間の起業が推進されていた1984年。これによって、富裕層が増えたが(だそうだ)、一方、芸術に対する国家の援助はカットされていたので、その富裕層を含むテートギャラリーのパトロンたちが芸術振興のために、「新しい美術のパトロン」という協会を設立したんだそうだ。それによって、生み出されたのが「ターナー賞」。不景気でできなかった1990年以外は、ずっと続いている。昨今は、イギリス人以外でも、賞をとれるようになった。..........そうです(知ったかぶりではなくて、メモって来た)。
有名な、デミア*・ハーストの作品「母と子、分断されて」は、ショッキングな面ばかり強調されているが、実際の生で見ると、非常に興味深い作品であった。生命の実体についての興味と、そういった物質が、決してそれではないと感じるはぐらかしが、逆に生命とは何かを伝えてくれる。博物館のオブジェとはやはりアプローチが全く違っていて、何より、大変、美しかった。
その横にあったデミアンの、カラフルなドットによる平面作品も、気に入った。完全に、偶然性によって、色配置されているらしい。劇的な人生なんて、ここでは関係ない。突き放した感じが、わたしには、たまらなく、心地いい。デミアンは、めちゃくちゃに頭とセンスがいいのだろう。

一番最近の受賞作品、マーク・ウオリ*ジャーは、本人が熊のぬいぐるみを着て、ベルリンのナショナルギャラリーの中をうろうろするところを、監視カメラのようにビデオで撮ったもの。どこか、すかすかした感じに作っておきながら、「監視」という最も現代的な問をテーマに、気づく人には、ぞっとする緊張感を与えているのは、やはり、秀逸な作品かな。ドイツの美術館って、ばかでかくて、いつも国威発揚って言葉を思い出してしまっていたので、ちょっとうなずける。最近の日本の美術館も、そうだ。なんじゃありゃ。

誰もが気がつく訳ではないということが、現代的だと思う。そこに、賭けることができるのが、やはり、アートなんだ。誰にでもわかることなんて、いやだという、スノッブがアートをやっている。(とわたしは思っている)

それにしても、理性が、ぴんと立っていることが、わたしに大事な救いであり、勇気をもらえると思う。
また、あらためて言うのもなんだけど、雑誌やネットの情報で見るのと、実際に目で見るの違いに、わたしは驚きました。
何にしても、自分の目で見て、自分で考えなくちゃと思う、iSaccoである。

今週も2つ展覧会を見たけど、また後で書きます。

写真は、六本木の帰りに、日比谷線の電車の中で見た、床模様(つぎはぎ)。女性のサンダルの模様などと、合っていて、楽しかった。