4.7.08

エミリー

上の絵は、ブライス・マーデンの作品です。
ばりばりのマーケットのアーティストですね。知っている人は、知っているわけですけど。昨年、カーネギー美術館で回顧展あったようです。

この絵は、ちょっと考えるために出しました。きのう、エミリー・ウングワリー展を見たので。ちょっと比べてみたくなりました。下がエミリーです。サイズだけでなく、息の仕方が、全く違うみたいです。いわゆる構成をしている感じではないですね。端から描いて行ったらしいし。4枚に分けて展示したのは、彼女の決めたことではないでしょう?

































さて.............89年だか90年だかに美術館デビューした(させられた?)エミリーが、アート関係者から絵の具とキャンバスを「与えられて」描くというかなり特殊な事情。そして、彼女が、そのプロセスで、普遍的な意味での「平面絵画」に内包した問いに、関わらなかったわけはないとわたしは思います。展示作品を見ていても、工芸作品の中で描いていた抽象から、たった数年の間に、アート文脈としての平面作品への興味に移っていっているのは、明らかです。「以前」は見てなくても「以後」は見ているだろうし、なにせ、キャンバスと絵の具なのだ。
これは、個人や民族を超えて、「ファインアート」というひとつの文脈の中で仕事をすると、人は共有するテーマに、向かうのではないかという、例だと思います。というか、彼女には、グローバルな価値へと向かう、鋭敏なセンスがあったということです。

彼女は、どこでどういう描き方で描こうと、マーケットの文脈の中で生まれた、「天才的な」アーティストであることを無視することはできないし、さらに、90年代の初めから彼女は、疲れるからやめたいと何度も言っていたのに、あちこちの美術館、ギャラリーからの注文が殺到し、その売り上げが、彼女のコミュニティに支払われるということで、ある種の責任感から、描き続けるに至ったという、特殊なケースについても、考えたくなることがあると思います。彼女のモティベーションはどういうものだったのでしょうか。絵をみれば、イマジネーションが、大きく大きく、広がって、楽しんでいるという感じは、もちろん、あります。

彼女の、アボリジニとしてのバックグラウンドや、神秘的な面、コミュニティから出る事がなかったなど、様々な興味をそそるエピソード。一方、少数民族に対する「教育」システムの中から「発見」され、グローバルシステムとの「同化」で生まれた、アートマーケットの「奇跡」の作品群。わたしには、どちらも充分ドラマチックだけど、後者は、小さい声で言った方がいいらしい。そのことが、作品に何か、マイナスイメージがつくわけではないと感じるためのは、それなりのアートの世界への知識が必要なのでしょう。映像や広告で語られる感動に感動をよぶための情報に、ふと疑問を持った観客だけは、カタログを読みこむことで、事情を理解する。一種のダブルスタンダードが、展覧会には、必要なのだ、ということでしょうか。

ブライズ・マーデンとの比較は、わたしがのどにひっかかったように気になっていたら、カタログに書いてあったので、そうそう、と手を打ったのです。どちらかがどちらかの作品を見たとか、そういう次元の話ではないです。

とはいえ、わたしが絵を描く事に、エネルギーを与えてくれるような作品群、だったことは、確かです。

1.7.08

城壁の上の風 "Wind on a Castle" sales talk and photos of aircraft







Hello, Everyone,
I am happy to participate in this art festival. Thank you very much. It is really wonderful to work internationally.
Even if I feel I live without borders, Our daily lives are conditioned by domestic economic. Perhaps you might know or not, the Japanese economic situation is getting worse. On the other hand, in Poland year by year the economy is improving. Yes?
Perhaps I have a business proposition for you. Because business is perfect mutual communication, isn’t it? I heard most of you have Japanese product in your house. So, we thank you for your ongoing interest in new Japanese product. Today, I would like to introduce a new line to you.
Look! Military Aircraft is most beautiful product in the world. High technology, advanced design, and very useful. They all are made by Mitsubishi Heavy Industry. The company is one of the oldest and biggest, most famous, you know. They have made aircraft since the first war.
I have both brand new and retro models. I personally like the retro model because it has a classic look. They are good for decoration on your roof. We can customize each one to your desire. I can negotiate with Mitsubishi on your behalf. You can use your new plane fly to Iraq or Afganistan or Russia, if you like. Japanese aircraft are very noble and have a feather like elegance not like American or Russian. These aircraft will satisfy your need exactly. I can promise you.
When you find your favorite one you want to buy. Please pick one print and bring to me. Please sign your name and request your equipment and any question. If you want to have the paper for memory, I can sell you with my signature as a receipt for 1 Zlozy,

27.6.08

城壁の上の風、写真



きのうの日記に書いたパフォーマンスの中の私のアクションです。くしゃみをこらえながら、飛行機(軍用)のセールスをしています。セールストークは、また別の日にアップします。とにかく、こうして見ると、落語のようなものかもしれないと思います。







































































































































































注文は殺到しております。アラテのくしゃみ商法です。皆、むずむず、飛びたくなっているのです。

以下は最新の小型旅客機です。こちらも、扱っておりますよ。
Mitsubishi Art Craft

26.6.08

城壁の上の風

ワルシャワの、元々、地方の小貴族の城で、少し前まではポーランド陸軍病院だったと言う美術館でのパフォーマンスは、ミツビシのエアクラフトつまりジェット機のプロモーションである。もちろん、ウソ話だが、わたしは、ウソ話というアクションをしばしば行う。特殊なケースのセールスなのだ。飛行機は、随分、たくさんの予約をいただいた。写真はおみやげということで売りもした。(日本円で10円ぐらい)

その時のことをイスラエルのアーティスト、アディーナが書いてきてくれた。
「サキコ、あなたは、クレバーだわ!あなたのパフォーマンスは驚いたし、笑ったし、啓蒙的だった。まず、あなたの様子。エア・スチュアートみたいな格好で、壁の上に座っている。わたしたちより、より高いところ、空に座っているみたい、子供かクラウンみたいに。くしゃみをこらえているのは、風をおこそうとしているみたいだし、ジェットガズに苦しんでいるようにも見える。そして、あなたのは話し方(くしゃみをこらえている声)は、おかしな音のミュージックのようだった。ジェット機を売るというアイデアは、あなたが話していたように、まったく偉大なことなんではないかと思えてきた。」

タイトルは、『城壁の上の風』というようなものだったと思う。ミツビシにこだわることもないと思っていたけど、ワルシャワでもやはり、だれもが日本製の電気製品を持っていると聞いたので、そうした。くしゃみは、胡椒をすすることで、でそうで出ないと言う状態にした。(くしゃみは出てもいいけど)風を起こすことと、飛行機のジェットエンジンというかけ離れたものにある、でも共有できるイマジネーションを楽しむ。「華麗に飛ぶ」という人類最大のドリームと、「くしゃみ」という卑近な身体の痙攣を、強引につなげた。思いがけず、皆さんに喜んでもらえて、うれしかった。ロシア製の軍用機を長年買わされていたはずの、ポーランド軍は今はアメリカから買っている。そこで、それはやめて、日本製に切り替えてくれ、と言うのは、シニカルなジョークだ。笑ってくれた。(実のところ,知る人は、わたしのくしゃみの、ど威力を知っているんだけどね。)

ミツビシは、私企業だけど、しょっぱなから、国家のプロジェクトとともに、やってきたので、(軍艦、戦闘機など)わたしには、スペシャルな意味がある企業である。

このパフォーマンスは、わたしにとってまったく、新しい形だし(しゃべりばかりで)、それをポーランドで発表できた事も(英語です)、そして、観客が受け入れてくれたことも、さらにうれしいかった。アイデアのもとは、単に「息」だったのだけど。命のことを考えたかった。

写真では、タオルを鼻にあて、くしゃみをこらえている私と、飛行機の写真をながめて、自分のほしいものを選んでいる観客。

25.6.08

デプレッション

クラクフのギャラリー(といっても美術館の規模)で行われていた展覧会「Depresja」つまり「depression=鬱、落ち込み、不景気」と言う意味のタイトル。これが、とても、意欲的で、シニカルで面白い展覧会でした。
ポスターをよくみると、銀行がサポートしている。皮肉がきいていて、最高。

今わたしは、意欲的なウツ、という言い方が気に入っている。躁(ソウ)の時代は、もうとっくに終わっている。19世紀末から1980年までは、ソウの時代。ウツとは、自省的で、ふか〜い時代なのだ。ウツに耐えられない人間は、脱落する。どこへ? ソウ状態へと脱落するのだ。
いや、躁状態の時代は、もっと前からだったかも。世界的には、大航海時代からかもしれない。でも日本の場合は、開国まではウツなのかな。

レポート


インタラクシャのレポートを書こうとしたけど、書く暇がない。印象だけど、ちょこっと書くのではなくて、見たこと、発見したことを書き込みたかった。これは別につくるしかない。

今日、クラクフでのBest place to Sleep の写真が届いた。添付しておきます。

7.5.08

diary(May07)

5月7日
わたしはフランクフルトから電車でワルシャワに向い、夕方到着した。顔を合わせたアーティストたちと近くのピザ屋に食事に行った。エステリ・フェレーリ、バレンティン・トレンソ、ボリス・ニーズロニー、アルトュール・タイベル。よく知っている先輩たちばかりばかりだ。再会を喜び合い、最近の活動について、おしゃべりする。

 今回参加したパフォーマンスフェスティバル「インタラクシャInterakcje(英訳はInteraction)」というタイトルのアートフェスティバルは、今年で10周年。1998年に、ポーランド出身でパリに住むリシャール・ピエガ(Richard Piegza)と、ピオトルコフトリブナルスキという長い名前の地方都市のアーティスト、ピオトロ・ゴイダ、ゴーディアン・ピエスらの交流から生まれたフェスティバルであるらしい。場所は、首都ワルシャワから車で3時間くらい。人口80000人の小都市。16世紀頃(?)に短い間、ポーランドの首都だったことがあると聞く。その後、国際的なアーティストのネットワークを持つ、ワルシャワに住む著名なキュレーター/アーティスト/ライターであるヤン・スビジンスキーをキュレーターに迎え、インタラクシャは国際フェスティバルとなった。



















わたしは、2001年から続けて3回参加した。写真は、2001年のわたしのパフォーマンスの様子。地下のバーで行ったものだが、わたしも、観客もかなり素朴な感じ。 ちょうど、わたしが、国際展に参加し始めていた時期と重なり、修行も兼ねて参加を重ねた(招待状も続けて来た)。

その後、インタラクシャはワルシャワ、クラクフ、ルブリンなどの他の都市のオーガナイザーとの連携もあり、ポーランドではちょっとした規模のフェスティバルになったらしい。なんと市長がスポンサーである(おどろくまでもないのだろうか)。余談だが、2003年に私が参加した時、市長とアーティストたちによる昼食会があった。公園でのブルジョワなメニューのピクニック、ジャズの生演奏もあり、テレビ局もやってきた。市民が遠巻きに眺めていた。選挙がらみのものだったと聞く。今思うに、フェスティバルの中で一番目立ったパフォーマンスだった。キュレーターのヤンは怒って参加しなかった。市長は、やたら、顔色の悪い人だったと記憶している。で(ということもないけど)、その市長は落選して、今の若い市長に代わったが、ありがたい事にイベントのサポーターの立場も引き継いでくれた。
フェステイバルの意味が、確実に80年代とは変わっている。日本と同じく、町おこし的なのりとも言えるが、むしろ、ここでは文化起こしであろう。市の広報であるホームページに、市の文化名物のひとつとして、載せられている。

 
今年は、10周年ということで、スビジンスキー氏の関係なのだろう、ワルシャワの現代美術センターで「In context of Art Difference /Inteeraction」というイベントが加わり。賑やかさが増した。そして、わたしも5年ぶりに招待状をいただいた。左のポスターは、ワルシャワのフェスティバル用のもの。
いろんな興味深いアーティストが参加していたので、レポートを書いてみようと思う。

4.5.08

本当に壊れるということは

人間の邪悪さは、憎まなければならない、しかし。それを否定したり、排除したりすれば、世界は本格的に、壊れてしまうだろう。

3つの作品

作品は3つ用意。
かなり完全に新作「Wind On A Palace」は、息とくしゃみと羽根と飛行機の写真(去年用意した三菱の飛行機の写真を使うが、今回は、ミツビシであることは関係なし)を使う。事務用家具で要塞をつくる。カフカの「城」をちょっと連想。野心昨なので、かなり、ディテールをつめなくてはと思うが、オーガナイザーの趣味なのか、場所や状況を見てから、決めさせたいらしい。もちろん、それでOK。これまでの蓄積がものを言うか言わないか。生な感じが命ってか。
次は「A Plant Is Alive Like Me」は、町に出て、Duration Perfomance (早朝から夕方まで)をして、それから夕方、イベント会場で仕上げるもの。緑の衣装で、植物の気持ちを表す。境界人格障害の「植物は行きている、人は生きている、ゆえに人は植物である」というアイデアに魅せられている。
もう一つは、「Drill」2006年くらいから、少しずつ進化している作品。「わたしたちはなぜ健康であることを求められているか?」これは、国の保険事業への問いがテーマになっていて、オリンピックの映像もあり、時期にあっている。
映像を見直して、なんて、タイムリーなんろうかと思う。......でも長生きされては困るらしいのよね。

ところで、3つの箇所でイベントがあるので、3人のオーガナイザーとメールでやりとりしているが、同じ、ポーランド人でもなんて、人柄の違うことか? ワルシャワの人は、えらくきどっていて、丁寧かと思うと、いきなり「疲れた!」とか言い出す。クラクフの場合は、イベントの規模が小さいということもあるのか、かなり、シンプルかつ親切である。ピオトルコフは、役所仕事みたいに投げやり。それぞれ、オフィシャルにやっているつもりなんだろうが、こうも違うのかと。まあ、ワルシャワは国立美術館だし、クラクフは、クラブであるという違いは大きいと思う。ピオトルコフは、市長肝いりの地方イベント。それぞれ、背景があらわれているってわけなのだ。おもしろい!!
学ぶぜ。